今回紹介するのは、長野県長野市の篠ノ井有旅(しののい うたび)にある「有旅(うたび)ワイナリー」だ。標高が高く自然豊かな土地で、りんごの産地として有名な地域だが、ワイン造りはおこなわれて来なかったため、有旅ワイナリーが長野市初のワイナリーとなる。
代表を務める田中啓さんは、有名ホテルでソムリエを務めていた経験を持つ人物だ。田中さんが造るのは、ぶどう本来の味わいをそのまま表現した、体に溶け込むようなワイン。栽培から醸造まで、一切妥協を許さないスタイルである。
設計段階から携わり、田中さんのこだわりが詰まった醸造所が完成したのは2024年で、同年に自社醸造を開始した。ワイナリー設立までの道のりと、ぶどう栽培・ワイン醸造について詳しく紹介していこう。
『有旅ワイナリー設立までの道のり』
長野市篠ノ井で生まれ育った田中さんは、実家が食堂を営んでいたこともあり、子供の頃から食に興味を持っていた。高校卒業後は飲食の世界に進むことにしたのは、そのためだ。
ワインとの出会いは、「星野リゾート」で働いていた時に訪れた。ソムリエ資格を取得した田中さんとあるワインとの衝撃的な出会いが、ワインの道へと進む大きなきっかけとなったのだ。
▶︎ワインとの出会いと、ワイン造りへの憧れ
「先輩ソムリエに飲ませていただいたあるワインに、衝撃を受けました。著名な造り手によるブルゴーニュの高級ワインで、品種はピノ・ノワールでした。飲んだ瞬間にビビっと電気が走ったような感覚を味わい、人生観が変わりましたね」。
その先輩との出会いによって、ワインの道へ進む大きな一歩を踏み出した田中さん。2009年には「ザ・リッツカールトン東京」に入社し、ソムリエチームに配属された。ワインの奥深さにすっかり魅せられ、ソムリエとして経験を重ねていった。
そして、さらに深くワインの勉強をするために京都府京都市にある老舗ワインショップ「ワイングロッサリー」に転職して、日本ソムリエ協会の上位資格であるソムリエ・エクセレンス資格も取得。
「ワイングロッサリーが展開しているワインバーで、ソムリエとして働きました。ワインバーにはワインの生産者さんがよく訪れていて、海外の生産者と出会う機会も多かったですね。栽培と醸造について、生産者自身の話を聞くうちに、ワイン造りそのものへの憧れが芽生えてきました」。
いつか機会があれば、地元の長野に帰ってワインを造ってみたいという思いが、年々強くなっていったという。

▶︎故郷でのぶどう栽培を叶える
2016年に故郷である長野市にUターンした田中さんは、ワイン造りの準備に本腰を入れることにした。
「長野県東御市でワイナリー『アルカンヴィーニュ』を運営されている玉村豊雄さんが、ワイン生産者育成学校『千曲川ワインアカデミー』を設立したことを知り、第二期生として学ぶことにしたのです」。
長野に戻って千曲川ワインアカデミーで学び、長野県上高井郡高山村の「角藤(かくとう)農園」で、カリスマ栽培家と言われた故・佐藤宗一さんからぶどう栽培の研修を受けた。新規就農者が熟練農業者の元で2年間研修ができる、長野県の「新規就農里親制度」を活用したのだ。
週2日は千曲川ワインアカデミーで基礎的な勉強をして、残りの5日間は高山村で実践的な技術を磨くという多忙な生活だった。研修後は長野県内の様々なエリアで畑を探していたが、最終的に地元である長野市の篠ノ井に畑を借りて、2018年には自社畑でのぶどう栽培を開始した。
「環境がそろっていれば、やはり故郷に戻りたいという気持ちがありました。標高や風通し、日当たりなどいろいろな条件をクリアした畑が見つかったので、思い切って地元でのぶどう栽培をスタートさせたのです」。

『有旅ワイナリーのぶどう栽培』
有旅ワイナリーのぶどう栽培は、2026年に9年目を迎えた。長野市は果樹栽培が盛んで、中でもりんごの栽培量が特に多い。生食用ぶどう栽培は古くからおこなわれてきたものの、ワイン用ぶどうを栽培する農家は、2018年当時は皆無だった。
「長野市初のワイナリーということで、私が開拓者になる覚悟を持ってしっかりと勉強してからワイン造りの道に入りました」。
▶︎自社畑と気候の特徴
長野市篠ノ井の気候と畑の特徴、栽培におけるこだわりについて詳しくお話を伺った。有旅ワイナリーの畑は市内2か所にあり、標高は650mと730m。どちらの畑も日当たりがよく、ぶどう栽培に適した土地だという。
「どちらの畑も風通しがよいため、病気になりにくいのがメリットです。また、有旅は標高730mの『茶臼山』の頂上付近に位置している土地なので傾斜しており、水はけがよいですね」。
茶臼山周辺は化石の発掘スポットとしても有名で、恐竜の化石などが多く発掘されているそうだ。
「歴史が感じられる面白い土壌です。ミネラルが豊富な地質で、特にカルシウムが多いので、酸が豊かなワインができますよ」。
山に囲まれた長野市は内陸性気候で、寒暖の差が激しく雨が少ないが、近年は環境の変化を感じるそうだ。
「私が栽培を始めた頃と比べると、長野市も年々暑くなってきています。最近は最高気温が37℃くらいまで上がるため、日中に作業を進めるのは厳しいですね。標高が高く夜温が低いので、早朝と夕方に仕事をして、日中休むことにしています」。
また、雨の降り方にも以前とは違う点を感じているそうだ。年ごとの変化が大きく、2024年は雨が多かったのに対し、2025年は地元の人たちも驚くほど雨が少なかった。毎年天候が異なるため、畑に水路を作るなどの工夫で雨対策をしながら、柔軟な栽培管理をおこなっている。

▶︎師匠の教えを引き継ぐ
有旅ワイナリーで栽培している品種の9割はシャルドネで、残り1割はピノ・ノワールである。当初は田中さんが好きな品種であるピノ・ノワールだけを植えようと考えていたが、2年間の研修を受ける中で、日本での栽培が難しい品種だと痛感したそうだ。
「ピノ・ノワールだけでやっていくのは、かなりリスクが高いと分かりました。そこで、まずは栽培しやすいと言われているシャルドネから始めたのです。今後は少しずつピノ・ノワールの栽培にも慣れていき、栽培量を増やしていきたいと考えています」。
シャルドネの栽培においては、師匠である佐藤宗一さんから受け継いだ教えを大切にしている。
「師匠はなかなか型破りな方だったため、独自の剪定方法など真似できないところも多いのですが、ぶどうと対話するという教えは大切にしています。常にぶどうの様子を肌で感じて対応していくことが重要なのです」。
学んだことにプラスして、海外の文献なども参考にしながら試行錯誤を続ける田中さん。剪定方法や樹液の流れの理論などを日々勉強している。多くの知見を集めて、自分の中でかみ砕きながら試しているところだ。奥が深い世界なので、まだまだ発展途上だと話す。
師匠が高山村で栽培していたシャルドネと、篠ノ井で育つシャルドネにはどのような違いがあるのか尋ねてみた。
「師匠が育てていた高山村のシャルドネで造るワインは果実味が豊かで、飲んだ後に口の中に余韻が広がり重厚感がありました。一方、篠ノ井のシャルドネで造るワインは、ほどよく酸が残るシャープな味わいです」。
篠ノ井の石灰岩質土壌で育ったシャルドネはミネラル分を感じやすい。同じ長野県内でもテロワールの大きな違いが感じられるのが、ワインの面白い点だろう。

▶︎丁寧な管理栽培が基本
有旅ワイナリーのぶどう栽培は、田中さんと取締役を務める滝澤さんがふたりで担当している。それぞれ違う畑でぶどうを栽培しているものの、丁寧にぶどうを管理するという共通認識を持っている。
「お互い自由にしているわけではなく、共通認識を持って管理する栽培を徹底しています。常にぶどうの変化に目を光らせて丁寧に手を入れていますね。例えば、風通しをよくするために除葉する際にも、どれくらい取り除くかを徹底的に議論をしながら作業しています」。
どの作業工程でもぶどうと対話をし、細部までこだわった管理栽培をしていることが、有旅ワイナリーのワインの品質をしっかりと支えているのだ。

『有旅ワイナリーのワイン醸造』
有旅ワイナリーのワインをひと言で表現すると、「妥協のないワイン」だと田中さんは話す。
「私の理想は、『ぶどう自身がなりたいワイン』を造ることです。そのため、ぶどう栽培の段階では、病気にならないように過保護なくらい手を加えて、きれいな状態での収穫を目指します。一方、醸造ではあまり手を出さないようにして、ぶどうがそのままワインになることを目指しています」。
2024年5月に醸造所が完成した有旅ワイナリーのワイン造りのこだわりと、おすすめ銘柄について伺った。
▶︎こだわりを詰め込んだ醸造施設
有旅ワイナリーの醸造所は、田中さん自身も設計の初期段階から参加して、細部にまでこだわって作り上げた。納得のいく醸造所を作るために、たくさんのワイナリーに足を運んで研究を重ねたそうだ。
「長野県内にあるワイナリーはもちろん、県外のワイナリーにも可能な限り行って見学しました。ワイナリーによってさまざまな方針があり、仕込みの哲学や設計が違います。設計の意図などを確認しながら、よいと感じたところを自社醸造所に取り入れました」。
各地に足を運ぶ中で、選果スペースをきちんと確保することが一番大事だと感じたそうだ。
「例えば、北海道岩見沢市にある『10R(トアール)ワイナリー』では、選果のしやすさにこだわっていらっしゃいました。よいワインはよいぶどうからと言いますから、ぶどうを潰す前の状態を見極める作業が重要なのだと学びました」。
また、クオリティの高い除梗破砕機の導入も必須だった。粒をきれいに除梗してくれる機械と十分なスペースを持つ選果台があれば、健全果のみでの仕込みが可能となるため重視したのだ。

▶︎手応えを感じたファースト・ヴィンテージ
有旅ワイナリーのワイン造りでは、過保護なくらいに手を加えて大切にぶどうを育てて、選果を丁寧におこなう。ぶどうが本来持つ力を信じて見守るスタイルだ。添加物を加えず、体と心にしみわたるワインを造っている。2024年に自社醸造所での初醸造をおこない、想定していたことの8割くらいはスムーズに実行できたそうだ。
「細かいトラブルなどはもちろんありましたが、理想の醸造所をイメージして設計したおかげで、大きなトラブルはありませんでした。自分の思い描いた姿に近い形で醸造できたと感じています」。
ファースト・ヴィンテージのため、熟成に使う樽はほとんどが新樽だが、香りが強すぎるために樽の香りを薄める工夫をしたそうだ。
「ぶどうの果実由来の成分を楽しんでいただきたかったので、新樽の強い匂いを取り除く工程を導入しました。樽に水を貯めて、樽香を薄めるための作業を2回おこなったのです」。
手間はかかったが、ひと手間加えたことで樽の強い香りがほどよく抑えられ、より理想に近いワインを造ることができた。

▶︎「Chardonnay 2024」
有旅ワイナリーがリリースしているラインナップの中から、おすすめの銘柄を教えていただいた。まず紹介するのは、「Chardonnay 2024」。自社畑で栽培したシャルドネを使用した白ワインだ。
「2024年は前年度に発生した病気の影響で収量が少なかったものの、酸度と糖度のバランスがとてもよい状態のぶどうが収穫できました。石灰質由来のミネラル成分がたっぷり含まれています」。
「Chardonnay 2024」は、新樽75%、ステンレスタンク25%で醸造したものをブレンド。樽の香りが強くなりすぎず、ちょうどよい比率を見つけるために何度もテイスティングした。
「はじめに樽の香りがふわっと広がり、シャルドネらしい白い花の香りと柑橘系のさわやかな香りも感じられます。すっきりとした味わいとほどよい酸味があり、ミネラルの塩っぽさもあるシャープなシャルドネのワインになりました」。
「Chardonnay 2024」に合わせたいのは、鶏肉のクリーム煮や鮭のムニエルなど。4か月樽熟成をしており、ナッツのような香りもあるので、クリーム系のソースとの相性がよい。また、酸味がある風味にレモン系のソースもよく合う。料理の味わいを引き立ててくれるワインだ。

▶︎「Merlot 2024」「Merlot Premium Cuvée Fummy 2024」
続いて紹介するのは、「Merlot2024」と「Merlot Premium Cuvée Fummy 2024」。「Merlot 2024」は、メルローにプティ・ヴェルド8%、カベルネ・ソーヴィニヨン2%をアクセントとして加えた。
「『Merlot 2024』は3品種を別々に醸造して、最後に味を確認しながらブレンドしました。75%は新樽で熟成しています。シャルドネと同様に酸がしっかり残っているので、赤い果実やスパイスの香り、樽の香りが複雑に感じられます」。
「Merlot 2024」は、ハンバーグのトマト煮込みやミートソースパスタなど、トマト系のソースを使った料理に合わせるのが田中さんのおすすめだ。
一方の「Merlot Premium Cuvée Fummy 2024」は、メルロー100%のワインだ。8つの樽で醸造したメルローのうち、テイスティングして最も味がよかった樽のワインをそのまま瓶詰めした。300本しかないプレミアムなワインで華やかな香りが特徴で、「Merlot 2024」よりも強い香りが感じられる。
「Merlot Premium Cuvée Fummy 2024」は味わいが強く色も濃いので、すき焼きやラムチョップの香草パン粉焼きなどに合わせて味わいたい。記念日など、特別な日の食卓にぴったりの銘柄だ。
有旅ワイナリーのワインは、併設のワインショップでも購入可能だ。基本的に土日のみの営業だが、繁忙期によって営業日が異なるため、足を運ぶ際には事前にInstagramでオープン日をチェックしてほしい。
また、ワイナリーからほど近い場所にあるカフェ「Rondinella(ロンディネッラ)」や、東京都内にある長野県のアンテナショップ「銀座NAGANO」でも販売している。

▶︎「長野らしいワイン」を造る
最後に、今後の目標について伺うと、「長野らしいワイン」を造ることだという回答だった。
2025年に初収穫を迎えたピノ・ノワールのワインは、リリースに向けて順調に準備が進んでいるところだ。長野のテロワールが感じられる待望の自社醸造のピノ・ノワールのワインは、心待ちにしているファンにとって待ち遠しい存在に違いない。
「世界にはたくさんのワイン産地がありますが、パワフルなワインが多い印象です。日本はそれに追随するのではなく、優しく深みのある日本らしいワインを造って、世界に認められるのが私の夢です」。
まずは、繊細で奥ゆかしい、日本らしいワインを目指す。さらに、長野ワインのイメージも追求していきたいと話してくれた。有旅ワイナリーのロゴは、長野らしさを表現したデザインだ。真ん中の女性を囲むようにぶどうや恐竜の化石が描かれている。
「京都のデザイナーさんに有旅に取材に来ていただき、この土地やぶどうのイメージを凝縮したデザインを描いてもらいました。女性はピノ・ノワールの奥ゆかしさをイメージしていて、ふわりとスカートが揺れているのは、畑の風通しのよさを表しています」。

『まとめ』
有旅ワイナリーのワインは、ぶどうそのままの美味しさを味わうことができる。雑味がなく、体に優しい風味が特徴だ。
「お客様とお話している中でいちばんうれしかったのは、『体にしみこむワイン』だというコメントをいただいたことです。また、和食に合うとお客様に言っていただけることも多いので、私がワインを造る中でイメージしていたことが共有できていると実感しています」。
有旅ワイナリーは眺めがよい場所にあり、長野市の市街地も一望できる。また、近隣には武田信玄の陣跡や恐竜公園など、家族そろって楽しめる観光スポットも点在している。さらに、蕎麦やおやきなどの美味しいグルメもたくさんある土地だ。
長野市を訪れた際は、ぜひ有旅ワイナリーにも足を運びたい。丁寧に育てたぶどうを使って、品質にこだわりぬいて造ったワインは、ぶどうが育った土地で味わうのがいちばん美味しく感じるだろう。

基本情報
| 名称 | 有旅ワイナリー |
| 所在地 | 〒388-8016 長野県長野市篠ノ井有旅字峠1189-1 |
| アクセス | https://maps.app.goo.gl/d97GX9j3GsPrX7fa8 |
| HP | www.utabi-winery.co.jp |
