『石井ぶどう』冷涼な那須塩原市で造る、美しい酸が魅力のワイン   

今回紹介するのは、温泉地として有名な栃木県那須塩原市にある「石井ぶどう」。那須塩原市の最北部「日光国立公園」内に位置する「板室(いたむろ)」エリアでぶどう栽培をおこなっている。広大な那須連山のふもとにある板室は、標高が高く雄大な自然に囲まれた土地だ。

2016年にぶどう栽培をスタートした石井ぶどうは、ぶどう栽培の実現が難しいと思われていた板室の地で、ワイン専用品種だけでなく生食用品種の栽培にも奮闘。現在は委託醸造でワインを造っているが、自社醸造所の建設計画もスタートしている。

代表を務める石井晶さんは、栃木ワインの魅力を伝えるだけでなく、板室の地も盛り上げたいという思いでさまざまな活動に積極的に取り組んでいる。

石井ぶどうは、板室の地でどのようなぶどう栽培をおこなっているのだろうか。栽培管理におけるこだわりと工夫、今後の目標などについてお話いただいたので詳しく見ていこう。

『石井ぶどうのぶどう栽培』

石井さんとワインの出会いは、東京で働いていた25歳頃のことだった。様々なワインを飲むうちにワインにどんどん惹かれていき、自分で造ってみたいという気持ちが芽生えたのだ。

「ワイン好きが高じて、ぶどう栽培とワイン醸造の道に飛び込んでしまいました」と、幸せそうな表情で話してくれた石井さん。まずは、なぜ那須塩原市でぶどう栽培をすることになったのかを振り返ってみよう。板室の気候と畑の特徴についても深掘りしていきたい。

▶︎那須塩原市を選んだ理由

当初は、ぶどう栽培とワイン醸造が盛んな長野県や北海道などでの就農を希望していた石井さん。しかし、農地探しに苦戦した。そこで、母の故郷に隣接する那須塩原市でぶどう栽培に挑戦することにしたのだ。

板室地区はもともと縁がある土地というわけではなく、農地を探している時に偶然出会った土地だった。だが、気温が低いエリアのため、ぶどう栽培は難しいと思われていたエリアだったそうだ。

「私が畑探しをしていた頃に、ちょうど板室で生食用シャインマスカットの栽培を始めた方がいました。その方にぶどう栽培についての話を聞きに行ったときに、板室でのぶどう栽培を熱心に勧められたのです。背中を押していただいたことが、板室でワイナリーを始めるきっかけのひとつになりました」。

▶︎自社圃場で栽培している品種

2016年にぶどう栽培を始めた石井ぶどう。栽培しているワイン専用品種は以下のとおりだ。

  • シャルドネ
  • マスカット・ベーリーA
  • ピノ・ノワール
  • マルベック
  • レゲント

5品種のうち、マルベックとレゲントは試験栽培中だ。自社圃場で育てるための品種選びには苦労したという。

「寒い地域で育つ品種は限られているため、あまり選択肢がありませんでした。赤ワイン用品種は特に、育てられる品種が少ないため難しいですね。植栽当時、栽培できそうな品種で入手できたのはマスカット・ベーリーAとピノ・ノワールのみでした」。

最近までソーヴィニヨン・ブランも栽培していたが、適性を鑑みた結果、白ワイン用品種はシャルドネのみにしぼった。新たに植栽できそうな白ワイン用品種を検討しているところだ。

また、生食用品種として、巨峰やシャインマスカット、ブラックビートなどの栽培も手がけている石井ぶどう。ワイン専用品種と生食用品種を並行して育てる難しさは、「求められるものが正反対なところ」である。

「生食用ぶどうは粒が大きくみずみずしいのが理想ですが、醸造用は小粒で水分量が控えめな粒がふさわしいのです。管理方法が真逆な点が難しいと感じますね。生食用品種は夏場の栽培管理に手間がかかるため、時間を取られすぎるとワイン専用品種に手が回らなくなってしまいます。時間配分をうまくできるように対応しています」。

石井ぶどうの自社圃場では、ワイン専用品種は垣根栽培、生食用品種は棚栽培だ。両者の対照的な管理方法に最初の頃は苦労したが、慣れてくれば問題ないと話す石井さん。

だが、9月下旬から約2か月間はどちらも一斉に収穫時期に入る。しかも、生食用ぶどうは販売も自らこなさなければならない。

「収穫時期は、毎日バタバタで本当に忙しいですね。ワイン専用品種の収穫が終わって委託先にぶどうを渡すことができると、ほっとします」。

▶︎石井ぶどうの自社圃場の特徴

石井ぶどうの自社圃場は標高600mに位置し、南東向きのなだらかな斜面にある。ひとつの大きな区画のため、管理しやすい圃場である。

「30~40年前は桑畑だった場所で、植木業者の仮植え場所になっていたこともあるそうですが、果樹栽培がおこなわれたことはない土地です。畑の持ち主の方が、草刈りを欠かさないでくださったおかげで、トラクターを入れてすぐ植え付けできる状態でした。ありがたかったですね」。

土壌は火山灰由来の森林褐色土で肥沃(ひよく)だが、ワイン専用品種を栽培するにはやや養分が多かった。そのため、植え付けてすぐは樹勢がかなり強い状況だったという。少し痩せた状態になるまで、しばらく待つ必要があったほどだ。

那須塩原市という自然豊かな場所でぶどう栽培をする中で、もっとも頭を悩ませたのは野生の鳥獣による被害だった。

「畑の周りは山なので、様々な動物がやってきます。春先に鹿が新芽を食べてしまったり、イノシシが苗木を掘ってしまったり、初期生育をしっかり確保できず苦労しました。対策として、畑を電柵で囲って大型の動物が入って来られないようにしたため、今では安心して栽培に取り組むことができるようになりました」。

▶︎雨量が多い気候でのぶどう栽培

板室は冷涼な気候で、昼夜の気温差も大きい。降雪量は多くはないが、冬場は常に10㎝ほどの雪が畑に積もっている状態だ。

畑の標高は600mほどだが、ぶどうの生育スピードとしては標高800m~900mの地域に近いと石井さんは話す。真夏の夜温は25℃前後まで下がるため、今のところぶどう栽培に大きな影響はないが、近年の急速な温暖化によって板室の平均気温も上がってきている。石井さんが栽培を始めてから10年が経過したが、気候の変化をかなり感じているそうだ。

「私がぶどう栽培をはじめた2016年頃は、夜温は真夏でも20℃前後まで下がっていました。最近は日中の気温もだんだんと上がってきましたね。2025年も非常に暑い年でしたが、それでも35℃を超えることはありませんでした」。

気温だけを見るとぶどう栽培に適しているように思える板室だが、なぜこれまでぶどう栽培をする人がいなかったのだろうか。実は、板室は雨量が多く日照時間が短いのだ。特に秋の収穫期に雨が続く。

「9月の収穫期に重なるため、秋の長雨は非常に厄介です。雨量が多いと病気が発生しやすくなるため、他の産地の栽培方法をそのまま取り入れることはできません。栽培する上では、とにかく樹勢を落ちつかせることが第一で、いかに房の周りの風通しをよくするかという工夫が大切だと感じています」。

雨による病害を防ぐため、枝や葉をこまめに剪定している石井ぶどう。枝をVの字型に誘引して風通しを保つなど、試行錯誤を繰り返しながら管理をおこなう。

「栽培している品種の中では、ピノ・ノワールの栽培が難しいですね。粒同士がギュッと詰まった房ができやすいのです。自社圃場には粒が適度にばらけた『ばら房』のピノ・ノワールもあるので、今後増やしていきたいと考えています」。

板室は雨が多い気候だが、自社圃場にはレインガードを設置していないそうだ。雨が多すぎる場合は、レインガードをつけてもあまり効果がないのではないかと考えているためだという。また、レインガードを設置していない方が農薬散布がしやすいなど、作業効率が上がるメリットの方が大きい。石井さんがこまめに畑に足を運び、丁寧に栽培管理をしているからこそ可能な方法だろう。

『石井ぶどうのワイン』

気候変動はぶどうの出来や収量に大きな影響を及ぼす。例えば、気温が高い日が続くと糖度が上がり、酸度が落ちやすくなる。

「各地でぶどうの酸が抜けやすくなっているそうですが、ありがたいことに、板室で作るぶどうにはしっかり酸が残ります。パンチのあるワインを造ることができますよ。もう少し糖度を上げてボリューム感を出したいと考えているので、ぶどう栽培の面からのアプローチ方法をさらに検討していきたいです」。

石井ぶどうのワインは、きれいな酸が残るのが最大の特徴だと石井さんは話す。石井ぶどうがリリースしているワインの中でおすすめの銘柄と、ワイン造りに関する取り組みについて見ていこう。

▶︎「ITAMUROGNE(イタムローニュ)」

まず紹介するのは、欧州系品種を使った「ITAMUROGNE(イタムローニュ)」シリーズ。ピノ・ノワール100%の赤ワインと、シャルドネとソーヴィニョン・ブランをブレンドした白ワインの2種類についてお話しいただいた。

「ITAMUROGNE」というネーミングは「板室」と「ブルゴーニュ」「シャンパーニュ」を掛け合わせた造語で、地元・板室の方たちにも喜ばれている。まずは、ピノ・ノワールを使った「ITAMUROGNE ピノ・ノワール」から見ていきたい。

「『ITAMUROGNE ピノ・ノワール』は、しっかりとした酸とピュアな果実感が特徴のワインです。ブルゴーニュワインのようにタンニンが強く感じられるピノ・ノワールではなく、軽くてフルーティーなので日本食によく合います。おすすめは、煮物など醤油ベースの料理とのペアリングです」。

続いて、「ITAMUROGNE シャルドネ&ソーヴィニヨン・ブラン」は、2024年まで栽培していたソーヴィニヨン・ブランをシャルドネとブレンドしたワインだ。今後はシャルドネ単体で造る予定だという。

「『ITAMUROGNE シャルドネ&ソーヴィニヨン・ブラン』は、濃厚な香りで華やかな印象です。あまり冷やしすぎず、赤ワインと同じくらいの温度で飲むのがおすすめですよ。ニンニクを使った料理やわさびなどと合わせてみてください」。

「ITAMUROGNE」シリーズのエチケットには、猿や鹿、イノシシの絵が描かれている。農業をする上で被害をもたらす動物たちを、あえてエチケットデザインに用いたのはなぜなのだろうか。

「ぶどう栽培とワイン造りは、私自身の『ライフスタイル』であってほしいという思いがあります。農業は、人間が生きていくうえで欠かせないものです。ぶどう栽培をする上で野生動物は悩ましい存在ですが、共存してやっていきたいという思いを込めて、エチケットに採用しました」。

▶︎「JAJAUMA(ジャジャウマ)」

続いて紹介する「JAJAUMA(ジャジャウマ)」シリーズは、日本の固有品種を使ったワインだ。「JAJAUMA」という名前は、使用しているマスカット・ベーリーAの樹勢が非常に強いことから名付けた。

「『JAJAUMA 赤 マスカット・ベーリーA』は、酸味とマスカット・ベーリーA特有の華やかさが感じられる味わいです。どんな料理にも合いますが、おすすめのペアリングは中華料理です。甘辛いタレや照り焼きに合わせても美味しいですよ」。

「JAJAUMA 赤 マスカット・ベーリーA」は、うなぎの蒲焼きとも相性がよいそうだ。「JAJAUMA」シリーズのエチケットは、石井さんの奥様がデザインを担当。ぶどうを丸かじりする姿のイラストが非常に愛らしいので、注目したい。

「ITAMUROGNE」シリーズと「JAJAUMA」シリーズは今後も継続して販売予定で、石井ぶどうのオンラインショップでも購入できる。最新リリース情報はInstagramでチェックするのがおすすめだ。

▶︎「サーキュラーエコノミー(循環経済)」への取り組み

石井ぶどうがある那須塩原市では、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」に関する様々な活動をおこなっている。「サーキュラーエコノミー」とは、これまで廃棄されていたものを資源として循環させ、環境を守りながら経済成長を目指すシステムだ。

那須塩原市にはワインの製造過程における「サーキュラーエコノミー」を目指すプロジェクトがあり、石井ぶどうも参加している。

「醸造の際に出るぶどうの絞りかすを衣料の染料に使い、衣料を廃棄するときに出てくる羊毛から畑の肥料を作るという、廃棄物を循環利用する取り組みをおこなっています」。

ぶどうの絞りかすを染料に使ったトートバッグやサウナハットは、ウールアパレルブランド「PIZZA DAY」が販売している。ロゼワインを思わせる淡いピンク色がとてもかわいらしい印象だ。

「那須塩原市とPIZZA DAYさんがコラボしたウールTシャツと、石井ぶどうのワインのセット販売もしており、ウールを肥料に使ってできたワインをお届けします。2025年は収穫の体験や、ワイン用ぶどうを食べるといった『体験特典』もありました」。

2025年から始まった「サーキュラーエコノミー」の活動は、2026年も継続しておこなう予定だ。ワインからどんな「循環」が生まれるのか、今後の展開にも注目したい。

『石井ぶどう これからの挑戦』

豊かな自然に囲まれた温泉地である板室で、宿泊施設と共に活気あるまちづくりをしたいという思いを持っている石井さん。

「ワイナリーにお越しいただいた方には、畑の近くにある宿泊施設を利用していただけます。ボランティアの方たちが板室温泉に宿泊してくださったら、地域貢献にもつながるので嬉しいですね」。

石井ぶどうの今後の目標や、これからチャレンジしたいことについてお話いただいた。

▶︎自社醸造所の設立に向けて

石井ぶどうは委託醸造でワインを造っているが、自社醸造所の建設計画を進めているところだ。2027年10月の稼働開始を目指している。

「自社醸造を開始すれば、仕込み方法などの選択肢が広がります。様々な種類のワインを造ってみたいですね。大変だと思いますが、自分が思い描くワイン造りが自由にできるため、楽しみだという気持ちの方が勝っています。板室に多くの人を呼ぶために、ワイナリーがあれば魅力的ですよね。予定通りスタートできるように進めていきたいです」。

やりたいことがたくさんあると楽しそうに話してくれた石井さん。どのような醸造所で、どのようなワインを造るのかを楽しみに待ちたい。

▶︎ゲストハウスとのコラボイベントを開催

2025年から新たに始めた取り組みが、暮らしをテーマにしたゲストハウス「Leu.(レウ)」と連携した宿泊プランの提供だ。2025年に板室にオープンしたばかりのLeu.は、長期滞在も可能である。観光客や移住体験者向けに、地域の人々と交流できる宿泊プランもあり、イベントも定期的に開催しているという。

「Leu.さんが、ぶどう収穫ボランティアの宿泊イベントを企画してくださいました。石井ぶどうの畑でぶどう収穫をした後にLeu.さんに宿泊して、夕食には石井ぶどうのワインが飲めるというプランです。」。

2025年の宿泊イベントは、まず2025年10月の収穫時に実施。さらに、収穫したぶどうで造ったワインが味わえる宿泊イベントも2026年5月に開催した。

「収穫ボランティアを体験された方も、2026年5月の宿泊イベントに来てくださいました。自分たちが摘んだぶどうがどんなワインになったのか、お披露目できて嬉しかったですね」。

石井ぶどうのワインと板室の魅力を同時に発信できる、素敵なイベントだ。今後も地域の人たちと協力して、地域全体が潤うような活動をしていきたいという。

2026年の収穫時にも、Leu.とコラボする予定だ。詳しい日程が決まり次第、石井ぶどうのInstagramやLeu.の公式サイトに掲載されるので、気になる方はぜひチェックしてほしい。

『まとめ』

「自然の中で働き、自分が造ったワインを飲むのはとても素敵なことですよ」と微笑む石井さん。

「ぶどう栽培をする土地として、板室には向いているところも、そうでないところもあります。しかし、美しい酸が残るぶどうが育つという点は、板室の大きな強みです」。

石井ぶどうが栽培したぶどうを使ったワインが、栃木の「クール・クライメイト(冷涼な気候の産地で造られるワイン)」として知られる存在になり、板室にぶどう農家が増えたら嬉しいと話してくれた。

冷涼な気候が育むぶどうを使ったエレガントで繊細な味わいのワインは、板室の地を広く知らしめる存在になっていくだろう。石井ぶどうのこれからの取り組みに、引き続き注目していきたい。

基本情報

名称石井ぶどう
所在地〒325-0111
栃木県那須塩原市板室425-4
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/YXsEwSgmY1UVv1vt6

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